今日の気になる@ソチ

今日は、葛西紀明選手や地元長野県飯山市出身の竹内択選手などが出場したスキージャンプ男子団体についてです。


ジャンプ団体 日本が銅メダル(NHKニュース・動画あり)

ソチオリンピック、スキージャンプ男子団体が17日、行われ、日本は4大会ぶりとなるメダル、銅メダルを獲得しました。

スキージャンプ男子団体は、12チームが出場してラージルヒルのジャンプ台で行われ、1チーム4人が2回ずつ飛んで飛距離点と飛型点を合わせた得点で争いました。
日本はラージヒルで銀メダルを獲得した葛西紀明選手のほか、清水礼留飛選手、竹内択選手、伊東大貴選手の4人が出場しました。
日本は、1回目で葛西選手が134メートルを飛んだほか、清水選手と伊東選手も130メートルを超えるジャンプを飛び、3位につけました。
続く2回目は、4人全員が130メートル台の安定したジャンプを見せて3位をキープし、銅メダルを獲得しました。
日本がこの種目でメダルを獲得したのは、1998年の長野大会で金メダルを獲得して以来、4大会ぶりです。
金メダルはソルトレーク大会以来、3大会ぶりにドイツ、銀メダルは3連覇を狙ったオーストリアでした。
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葛西選手「本当にうれしい」

41歳の葛西紀明選手は、「みんなが頑張ってここまで来たので、どうにかしてメダルを取らせてあげたいと思っていた。メダルの色は関係ない。メンバー1人1人が力を合わせてメダルを取ることができて本当にうれしい」とラージヒルの銀メダルに続く今大会2つ目のメダル獲得について涙を浮かべながら話していました。


伊東選手「痛いと言いたくなかった」

伊東大貴選手は、「膝に痛みがあったが、競技が終わるまでは痛いと言いたくなかった。なんとかメダルを取りたいと思っていて、精いっぱい頑張ることができた。後輩と先輩に感謝しています」と時々、ことばを詰まらせながら話していました。


竹内選手「精いっぱいのジャンプできた」

竹内択選手は、「オリンピックが開幕する前に病気で入院したときは出場できないんじゃないかと諦めかけましたが、小さいころからの夢だったオリンピックでメダルを取るという思いで頑張りました。メダルを取らせてもらったという思いが強いですが、今できる精いっぱいのジャンプはできたと思います」と話していました。


清水選手「ものすごくいい経験に」

メンバーで最年少、20歳の清水礼留飛選手は、「最初に飛んだことはものすごく緊張しました。今できるいいジャンプができたと思うしものすごくいい経験になったオリンピックでした。僕の力ではなく、先輩たちが苦労して頑張ってくれたおかげで取れたメダルだと思います」と終始、笑顔で話していました。


銅メダル獲得おめでとうございます。

フラワーセレモニー終了後(?)の葛西選手のインタビューで涙を浮かべていたのが印象的でした。

これまでの苦労が報われたように思います。

選手ひとりひとりの力が結集して、今回の銅メダル獲得に繋がったのではないでしょうか。


そして、メンバーの一人の竹内択選手が記者会見で難病に罹っていることを明らかにしました。


ジャンプ竹内 重い病気を明かす(NHKニュース・動画あり)

スキージャンプ男子団体で銅メダルを獲得した竹内択選手は、試合後の記者会見で、重い病気を抱えながら大会に臨んでいたことを明らかにしました。

竹内選手は先月、ワールドカップ遠征中に高熱やせきが止まらなくなって緊急帰国し、血管障害の難病の可能性が高いと診断を受けたということです。
竹内選手によりますと、この病気は「チャーグ・ストラウス症候群」という、120万人に1人がかかるといわれる難病で、40度近い高熱やぜんそくの発作などの症状が出るということです。
竹内選手は帰国後、およそ2週間入院して症状は改善しましたが、今も薬を飲みながら治療を続けています。
会見で竹内選手は「メダルを獲得したら、病気を公表しようと思っていました。家族の支えがあってオリンピックの舞台に立てた。同じような病気と戦っている人に勇気を与えられたらうれしい」と涙を浮かべて話していました。

ぜんそくや肺炎を押して出場していたのは知っていましたが、難病に罹っていたとは思いませんでした。

その中で銅メダルを獲得できたのは、夢を叶えたいという強い思いや周囲の人たちの期待に応えたいということが彼のジャンプへの原動力になったと思います。

竹内選手の活躍は本人も言っていましたが、同じような病気と闘っている人たちに勇気を与えたことでしょう。